「だから言ったでしょう」で、子どもの失敗を終わらせていませんか

親子の会話をイメージしたAI生成画像です。
子どもが失敗したとき、「だから言ったでしょう」と伝えたくなる親御さんはたくさんいらっしゃいます。
例えば、学校で使うものを忘れたと聞けば、「昨日、準備したのって聞いたよね」。提出物の期限が過ぎていたら、「早く出しなさいって、何度も言ったでしょう」。前もって声をかけていたのに、結局こうなった。そう思うと、一言言わずにはいられないこともあると思います。
ただ、その話をしたあと、お子さんは次にどうするかを考えられているでしょうか。「分かってるよ」「もういい」と言って、会話が終わってはいないでしょうか。
親が前から注意していたことを確認するだけでは、本人が失敗から何を学ぶかという話までは進みません。今回は、失敗した子どもに親がどう関わるかを考えます。
「同じ失敗をしてほしくない」から、言いたくなる
「だから言ったでしょう」と言うとき、親御さんは、次は同じことをしないでほしいと思っているのではないでしょうか。忘れ物で困ってほしくない。注意されて嫌な思いをしてほしくない。そのために、前から伝えていたわけです。
けれど、子どもが話している途中で指摘を重ねると、何が起きたのかを十分に聞けないまま、親の話が始まってしまいます。
例えば、「今日、ワークを忘れて先生に注意された」と話し始めたところで、「ほら、前の日に準備しないから」と返す。本人はその後、どんなことを話そうとしていたのでしょうか。忘れたことを後悔していたのか、注意のされ方が嫌だったのか、もう自分で対策を考えていたのか。そこは、聞いてみなければ分かりません。
本人がまだ話していない部分を、いつもの失敗として片づけてしまっていないか。まずはそこを確かめたいと思います。
まず聞く。それだけで本人が考え始めることもあります
子どもが失敗を話してきたら、すぐに反省や対策まで求めず、まずは最後まで聞いてみてください。「そうだったんだ」「それで、どうなったの?」。例えば、そんな相づちで続きを待つこともできます。
話しているうちに、「明日は持っていかないとな」「帰ったら先にカバンに入れておく」と、自分から話すこともあるでしょう。そのときに親が、さらに三つも四つも対策を付け足す必要はありません。
本人がすでに考え始めているなら、その先まで親が決めてしまわないことです。忘れたワークを用意するのも、必要なら先生に事情を伝えるのも、本人が取り組むことです。親は、分からないところや一人では難しいところを支えます。
もちろん、話を聞けば必ず自分で答えを出すわけではありません。何も整理できていないこともあります。その場合も、「次は絶対忘れないでね」と念を押す前に、どこで準備が止まったのかを一緒に確かめる方が、具体的な話になります。
同じ忘れ物でも、見直すところは違います
例えば、ワークは終わっていたけれど机に置いたままだった場合と、課題が分からず、手をつけられないまま持っていかなかった場合。どちらも見える結果は「ワークを忘れた」ですが、必要な支援は変わります。
前者なら、使い終わったらどこに置くか、いつカバンに入れるかを考えられます。後者なら、課題のどこが分からないのか、誰に聞けそうかを確認する必要があるでしょう。
そこを聞かずに「ちゃんと準備しなさい」と繰り返しても、本人が困っているところに届かないことがあります。「分かっているのにやらない」と見えていたことが、実際には手順が分からない、量が多くて整理できないという話かもしれません。
年齢や本人のできることに合わせて、最初は持ち物を一緒に確かめるなどの支援も必要です。そのうえで、本人が自分でできるところまで、親が毎回引き受け続けないようにしていきます。
黙って聞いたあと、親が全部片づけていませんか
叱らずに話を聞けても、その後に親が忘れ物を届け、先生への説明も済ませ、次の準備まで整えているなら、本人が対応する機会は残りません。
例えば、期限が過ぎた提出物について「先生に何て言えばいいか分からない」と相談されたとき。本人が話せる状況なら、伝える内容を一緒に整理することはできます。そのまま親が代わりに連絡するかどうかは、別に考える必要があります。
「自分でやりなさい」と突き放す必要はありません。「何を伝えたい?」「どこが言いにくい?」と聞きながら、本人が動けるところまで支える。その経験を積んでいくことが大切です。
ただし、健康や安全に関わること、本人の力だけでは対処できないことまで、失敗から学ばせるために放置する話ではありません。家庭や学校の助けが必要な範囲は、状況に合わせて見極めます。
迷惑をかけたことまで、曖昧にする必要はありません
失敗の話を聞くことは、何があっても指摘しないということではありません。例えば、借りたものを返さず相手が困っているなら、どう返すか、何を伝えるかを考える必要があります。
その際に伝えたいのは、「だからあなたはだらしない」という性格の評価でしょうか。それとも、相手が今困っていることと、本人がこれから対応すべきことでしょうか。
本人の事情を聞いたうえで、「借りたものは返す必要があるよね。いつ返せそう?」と、具体的に話すことはできます。すでに返す予定を立てているなら、その考えを聞けばよいのです。
親にも負担が生じている場合は、そのことも伝えて構いません。ただ、過去の失敗をいくつも持ち出してしまうと、今対応する必要がある話から離れていきます。今回、何を解決する必要があるのかに絞って向き合いたいと思います。
次に失敗の話を聞いたとき、確かめたいこと
子どもが同じ失敗を繰り返せば、親もがっかりします。「あれだけ言ったのに」と思うこともあるでしょう。その気持ちを持つこと自体を責める必要はありません。
ただ、そこで何を言うかは、一度立ち止まって選べます。次に失敗の話を聞いたときは、次の三つを確かめてみてください。
本人は、何が起きて、どこに困っていると話しているか。
本人がすでに考えていること、これから自分で対応できることは何か。
親が支える必要があるのは、どの部分か。
毎回、この三つを順番に質問する必要はありません。話を聞く中で分かれば、改めて問い詰めなくてもよいのです。本人が疲れていたり気持ちが高ぶっていたりするなら、落ち着いてから続きを話すこともできます。
失敗したあと、自分で考えて対応するところまでが、子どもの経験になります。親が正しかったことを認めさせて終わるのか。本人が次の行動を考えられるところまで関わるのか。日々の小さな失敗にも、その違いは表れます。
「だから言ったでしょう」と言いそうになったときは、その前に、まだ聞けていない話がないかを確かめてみてください。
先回りの助言と、必要な支援の線引きについては、過干渉・過保護が不登校を長引かせる?「必要な干渉」と「やりすぎ」の線引きもご覧ください。
不登校に伴う家庭での関わりで、どこまで本人に任せ、何を支えるか迷っている方は、普段どんな場面で困っているのかを含めて、RAYの相談・お問い合わせからお聞かせください。



コメント