
Case studies
復学事例
復学事例
RAYのオンライン支援・訪問支援を利用されたご家庭の一部をご紹介します。
個人が特定されないよう、学年や細かな状況は一部変更していますが、支援の流れや変化のプロセスは実際の支援に基づいたものです。
小学4年生・男子の
オンライン支援ケース

ケース概要
小学4年生・男子。
国語の教科書・漢字ドリルの紛失をきっかけに登校が止まり、最終的に完全不登校へ。感覚過敏(音・におい・視覚刺激)と、「大切な人を失う不安」が強く、朝になると体調不良を訴えて休む状態が続いていた。
RAYのオンライン家庭支援を利用し、ご家庭での関わり方と学校との連携を整えることで、短期間での復学と継続登校の安定を目指したケース。
BEFORE:支援前の状態
子どもの状態 ・国語の教科書をなくしたことをきっかけに1日欠席。その後、漢字ドリルも見当たらないことに気づき、「何かおかしい」と感じて登校できなくなる。 ・自宅では「死にたい」と口にすることがあり、朝になると「お腹が痛い」と訴えて頻繁に休む。 ・遠足などの行事には部分的に参加できるが、友達とのトラブルで帰宅できず、公園で一人泣きながらブランコに乗っていたこともあった。 ・「教室がうるさい」「給食のにおいが苦手」「家庭科室の布がチカチカする」といった感覚面でのつらさが強く、最終的には完全に登校できなくなっていた。 ・身近な人の死をきっかけに「大切な人を失う不安」が強まり、夜になると不安が高まることが多かった。 ・ゲームや遊びでは、負けると癇癪を起こして物を投げてしまう一方で、同じ遊びに何度も挑戦する粘り強さも持っていた。 家庭の状態 ・お父さんは「命令・指示」が多く、子どもにとっては「自分の行動を決める人」という存在になっていた。 ・お母さんは安心感を与える一方で、先回りや過干渉が多く、「何をしても許される」と受け取られやすい関わりになっていた。 ・学校の話題が出ると家庭内の空気が一気に重くなり、親子ともに本音を話しにくい雰囲気になっていた。 学校との関係 ・部分的な登校や行事参加はできていたが、教室での学習や板書に対する拒否感が強まり、学習の遅れも目立ち始めていた。 ・学校とは個別のやりとりはしていたものの、「感覚過敏」や「不安の背景」に踏み込んだ調整までは十 分に進んでいない状態だった。
AFTER:支援後の変化
行動の変化(登校状況) ・ご家庭の関わり方を「この子仕様」に調整しつつ、学校と連携して「再登校直後〜1〜2か月の限定的な配慮」を依頼。 ・本人の希望を踏まえ、「スモールステップ」ではなく、決めた日から毎日登校する「フラッティング型復学」を選択。 ・復学当日は朝から強い不安が出たものの、自分の意思で起き上がり登校。以降もトラブルはありつつ、教室への登校が日常として定着していった。 内面の変化(子ども・親) ・認知行動療法とACTの考え方を取り入れた対話を通じて、「友達と笑っていたい」「友達に会いたい」といった本人の価値観が言葉になった。 ・その価値に沿った一歩として、久しぶりに友達と外で遊ぶことができ、「ずっと待ってるぞ」という言葉を受け取った経験が、自信と動機づけにつながった。 ・親御さんも「学校に行かせるかどうか」だけでなく、「この子がどう生きていきたいのか」という視点で関わり方を考え直せるようになった。 関係性の変化(家庭・ 学校) ・親子の対話では、「命令・指示」中心の関わりから、「気持ちを聞き、どうしたいかを一緒に考える」スタイルにシフト。 ・学校側とも「特別対応を恒久化しない」「本人が環境に適応する力をつけるまでのスタートアップとして支える」という方針を共有し、家庭と学校が同じ方向を向いて支援できる関係になった。 ・最終的には、「何かあったらちゃんと言うよ。聞いてくれるって分かってるから」と子どもから言ってもらえる関係性に変化した。
TIMELINE:時系列
・初回相談 水野先生の著書を読んだうえで、「どこまでが過干渉で、どこからが必要なサポートなのか分からない」という悩みを中心にオンライン相談。 家庭内の声かけを「この子仕様」にカスタマイズしていく方針を決定。 ・ご両親との打ち合わせ・本人との対話 学校の話題になると空気がピリつく理由を明確にするため、まずご両親と約1時間の打ち合わせ。 その後、RAYの会話法に基づき、お子さんと約2時間の対話を行い、「学校には行きたい」という本音と具体的な困りごとが言語化される。 ・学校との連携 学校と直接連絡を取り、「再登校直後〜1〜2か月の限定的な配慮」を依頼。 「環境を恒常的に変える」のではなく、「彼が環境に適応する力を身につけるまでのスタートアップとして支える」形を確認。 ・復学準備(約3週間) 本人の希望によりフラッティング型復学を選択し、約3週間後に復学日を設定。 生活リズムの改善、学習の準備、先生・友人との事前の顔合わせなど、RAY独自の「復学行事」を進める。 ・価値観へのアプローチ 「やっぱり行きたくない」という気持ちが出た局面では、まず共感を行ったうえで、「あなたが生きていくうえで大切にしたいことは何か?」という価値観への問いかけを実施。 「友達と笑っていたい」「友達に会いたい」という言葉が本人から出てきて、友達との久しぶりの外遊びを実現。 ・復学当日〜継続登校 朝、本人は布団にくるまり青ざめた様子だったが、親御さんは「今日はやめておく?」といった提案的な声かけを控え、「いつも通り」の朝を貫く。 出発3分前に本人が自ら起き上がり、着替え・準備をして家を出る。 下校後は友達と遊ぶ姿も見られ、その後もトラブルはありつつ、親御さんが学んだ関わり方で支え続けることで、登校が日常として定着していった。
保護者の声
「これまでは『学校に行かせるか、行かせないか』だけを考えていて、あの子が本当はどう生きていきたいのかという視点を持てていませんでした。復学そのものよりも、その先でどんな家族でいたいのかを一緒に考えるようになってから、親としての迷いが減ったように感じます。 今は、何かあったときに『ちゃんと言うよ。聞いてくれるって分かってるから』と言ってもらえる関係になれたことが、一番の財産です。」
高校3年生・女子の
オンライン+訪問支援ケース

ケース概要
高校3年生・女子。
中学生の頃から週1回以上の欠席が続き、高3の4月に3週間の欠席。
別の復学支援機関でオンライン支援を受け、電子機器の「全制限」によって一度は復学するも、3週間で再不登校に。その後の再支援でも再登校には至らなかった。
RAYのオンライン支援と訪問支援を組み合わせ、「人に与える人になりたい」という本人の価値観を軸に、看護学校進学・継続登校までを目指したケース。
BEFORE:支援前の状態
子どもの状態 ・中学生の頃から「週1回以上の欠席」が続き、高3の4月には3週間の欠席が連続していた。 ・別機関のオンライン支援により、電子機器の“全制限”を行った結果、一度はGW明けから復学したものの、3週間で再び不登校に。 ・2回目のオンライン支援でも再登校に結びつかず、「最終的には匙を投げられてしまった」と感じる経験をしていた。 主な訴えは、 ・勉強についていけない。小テストや課題提出が強いプレッシャーになっている。 ・友達がいない、もしくは「気をつかい過ぎて疲れ切ってしまう」ため、対人関係に自信が持てない。 ・ASD・ADHD傾向の指摘があり、「自分はだめだ」という自己評価が強い。 ・外では「理想の自分」を演じ続けてしまい、常に消耗している。 ・「何をしても疲れる」「どうしたいのか分からない」といった、将来像の見えづらさも重なっていた。 家庭の状態 ・他機関の支援で結果が出なかったことから、親御さんは「もうこの子は何もしたくないのでは」と感じるほど希望を失っていた。 ・電子機器の全制限や、会話を極力減らすといった関わりを続けた結果、親子ともに消耗し、信頼関係にもひびが入っていた。 ・「もう一度チャレンジしたい」という気持ちと、「また同じことになるのではないか」という不安が同居していた。 学校との関係 ・一度は復学しているものの、短期間での再不登校を繰り返したため、本人の中で「学校=失敗した場所」というイメージが強くなっていた。 ・学校側も対応はしていたが、本人の負担感や価値観に基づいた調整までは十分に行えておらず、具体的な復学イメージが共有されていなかった。
AFTER:支援後の変化
行動の変化(登校状況) ・RAYの支援開始後、まずは親御さんへの電話・チャット支援を通じて、「電子機器の全制限」「会話を極力減らす」といった前支援の方針を一度リセット。 ・訪問カウンセリングを導入し、初回面談で本人から「人に与える人になりたい」という言葉が涙ながらに出てくる。 ・その価値観を軸に、復学の意味とゴールを整理し、約1週間の準備期間を経て本人の意思で登校を再開。 ・勉強や友人関係の揺れはありながらも、2か月後には「小学生の頃以来初めて、一日も休まず1か月登校」を達成。 ・現在は看護師を目指して看護学校に通い、休まず登校できている。 内面の変化(子ども・親) ・本人は「何もしたくない自分」ではなく、「人に与える人になりたい自分」という軸を再発見し、自分の命をどう使いたいかというイメージを取り戻した。 ・親子で「何を禁止するか」ではなく、「どんな関係でいたいか」「どんな大人になってほしいか」を言葉にし直すことで、対立構造から協働へと関係が変化。 ・親御さん自身も、「この子は変わりたくないのではなく、変わりたいけれど変え方が分からなかっただけだ」と理解できるようになった。 関係性の変化(家庭・学校) ・親御さんは、「先回りして口を出す」スタイルから、「困ったときに真っ先に相談してもらえる存在」を目指すスタイルに切り替えていった。 ・学校との間では、課題やテストの扱い、出欠や遅刻の評価などについて具体的な調整を行い、「続けられるペース」が共有されるようになった。 ・カウンセラーは復学後、徐々にフェードアウトし、最終的には親子だけでやり取りを回せる状態をゴールとして支援を終了した。
TIMELINE:時系列
・中学生期〜高3春 中学生の頃から週1回以上の欠席が続き、高3の4月に3週間の欠席。 他社オンライン支援+電子機器“全制限”でGW明けに一度復学するも、3週間で再不登校に。 ・別機関での再支援〜希望喪失 2回目のオンライン支援でも再登校に至らず、「匙を投げられた」と親御さんが感じる状態に。 親子ともに「もう打つ手がないのでは」という感覚が強まっていた。 ・RAYへの相談・オンライン支援開始 親御さんへのオンライン相談からスタートし、電子機器対応や声かけの方針を全面的に再設計。 「8つの在り方」やアイメッセージを用いながら、親子それぞれの「こうありたい関係」を再定義。 ・訪問支援の導入 初回訪問カウンセリングで、本人から「人に与える人になりたい」という価値観が言語化される。 その価値観を軸に、復学の目的・意味を本人と一緒に整理し直す。 ・復学準備(約1週間) 学校との連携を取り、授業のキャッチアップ方法、当日の動線、担任・関係教員のサポート体制などを具体化 。 本人の負担が過度にならないペースと、評価の仕方をすり合わせる。 ・復学〜2か月 本人の意思で登校を再開。勉強・友人関係で揺れる場面ごとに、親・カウンセラーと一緒に整理しながら対処。 2か月後、「一日も休まず1か月登校」を達成。 ・その後〜支援終了 カウンセラーの訪問・介入頻度を段階的に減らし、親子だけでやり取りを回せる状態へ。 看護学校への進学・通学が安定したタイミングで支援を終了。
保護者の声
「他の支援機関で結果が出ず、『この子はもう何もしたくないのでは』と思ってしまうほど、親の方が希望を失っていました。RAYさんと関わる中で、娘が『人に与える人になりたい』と涙ながらに話した時、この子は本当に変わりたいのだと腹の底から理解できました。 今では看護師を目指して看護学校に通いながら、自分で悩み、考え、時々相談してくれます。人に頼ってばかりだったあの子が、誰かの力になりたいと言っている——親として、これ以上嬉しい変化はありません。」
中学1年生・男子の
オンライン支援ケース

ケース概要
中学1年生・男子。
小学生の頃から電子機器の使用ルールをめぐるトラブルが多く、「約束を守れない → 強く叱責される → 全面禁止」という流れをくり返していた。
中学進学後、学校タブレットのルール違反をきっかけに大きく荒れ、「もう学校には行かない」と宣言して長期の不登校へ。
RAYのオンライン家庭支援を通じて、家庭での関わり方と本人の価値観を整理し、約1か月強での復学と、その後の継続登校・部活動への参加につなげたケース。
BEFORE:支援前の状態
子どもの状態 ・小学生の頃から、ゲーム機やスマホのルールを守れないことが多く、「約束破り → 叱責 → 全面禁止」のサイクルを何度も経験していた。 ・中学進学後、学校タブレットの使用ルール違反をきっかけに強い叱責を受け、「二度と学校なんか行かない」と宣言。そのまま長期の欠席が続く。 ・不登校が長引くにつれて生活リズムが乱れ、宿題・家の手伝い・妹への関わりも崩れ、「どうせ怒られる」「何をしても認めてもらえない」という投げやりな態度が目立つようになっていた。 ・プライドが高く、いざとなると謝ることが極端に苦手。一方で、感謝の気持ちは持っており、相手を思いやる面もあるという、アンバランスさを抱えていた。 ・興味のあることには強い集中力を発揮するが、関心の薄いことには一切向き合わないなど、「やる/やらない」の差が大きかった。 家庭の状態 ・下の弟の対応に手いっぱいになり、長男と落ち着いて向き合う時間が取りづらい状況が続いていた。 ・声かけは「早くしなさい」「やりなさい」といった命令・指示が中心で、親自身も「良かれと思ってやっているが、関係が悪くなっている気がする」という違和感を抱いていた。 ・電子機器のトラブルが起きるたびに感情的なぶつかり合いになり、「どうせまた禁止される」と本人は感じ、「また嘘をつかれる」と親は感じる悪循環に陥っていた。 学校との関係 ・学校側とは欠席連絡など事務的なやり取りは続いていたが、「どういう形で戻るか」の具体的なイメージは家庭とも学校とも共有されていなかった。 ・本人の口からは「学校が嫌い」というよりも、「叱られる場」「失敗が責められる場」としてのイメージが強くなっていた。
AFTER:支援後の変化
行動の変化(登校状況) ・親御さんが命令・指示中心の関わり方を見直し、「8つの在り方」に基づいた声かけを意識的に続けた結果、支援開始から約10日後、本人から久しぶりに「今日の夕飯なに?」という自発的な会話が生まれた。 ・その後、「本当は学校に行った方がいいことは分かっている」「勉強はできるようになりたい」といった本音が少しずつ言葉になり、RAYの復学チャートを一緒に確認しながら、自分の意思で復学ステップを選べるようになった。 ・支援開始から約1か月と1週間で在籍校へ復学。その後も揺れはありつつ、登校が日常として定着していった。 内面の変化(子ども・親) ・本人の「めんどくさい」「どうでもいい」といった態度の裏に、「本当は認められたい」「できるようになりたい」という気持ちがあることを、親御さんが理解できるようになった。 ・親御さんは「ルールを守らせる」ことだけに意識を向けるのではなく、「この子がどう生きていきたいのか」「そのために今何を一緒に整えるか」という視点から対話を進められるようになった。 ・本人も、親が「ダメ出しをする人」から「一緒に考えてくれる人」に変わったと感じ始め、家の中で少しずつ本音を出せる場面が増えていった。 関係性の変化(家庭・学校) ・親子間では、「約束破り → 叱責 →全面禁止」というパターンをやめ、「どこまでなら守れそうか」「守れなかったときにどうやって立て直すか」を一緒に決めるスタイルに変化。 ・学校とも、「いきなり完璧を求めない」「遅刻や欠席が出ても、責めるより一緒に振り返る」という方針を共有し、本人にとって戻りやすい環境づくりが進んだ。 ・復学後しばらくして、本人から「パソコンはもういいから、ラケットがほしい」と話があり、自分からテニス部に入部。遊び・勉強・部活のバランスを自分でとる意識が育っていった。
TIMELINE:時系列
・初回相談〜支援開始 中学1年の夏休み明けから登校できなくなり、電子機器トラブルをきっかけに完全不登校へ。 オンラインでの初回相談で、不登校の経緯と家庭での関わり方のパターンを整理し、翌日からオンライン支援とファミログ記入を開始。 ・家庭での土台づくり 親御さんには、 ・腫れものに触るような声かけを控える ・「幼い扱い」や過度な心配の言葉を減らす ・命令・指示・説教型の関わりを意識的に手放す ことをお願いし、「8つの在り方」に沿った会話を日常の中で試してもらった。 うまくいかなかったやり取りはファミログをもとに振り返り、毎週のカウンセリングで修正ポイントを明確にしていった。 ・関係性のほぐれと本音の芽生え 支援開始から約10日後、本人から「今日の夕飯なに?」と自発的な声かけが生まれる。 ここをきっかけに、親御さんは「詰問」ではなく「興味と尊重」のスタンスで応じることに集中し、少しずつ学校や将来の話題にも触れられるようになっていった。 ・復学に向けた具体的な設計 「新しいパソコンがほしい」という本人の希望を入口に、 ・今の生活リズム ・学校への本音 ・勉強や進路への思い を一緒に整理。 RAYの復学チャートを共有し、「本当は学校に行った方がいい」「勉強はできるようになりたい」という本人の言葉を軸に、復学日やその前後の過ごし方を具体的に決めていった。 ・復学当日〜その後 親子で決めた復学日に向けて、起床時間・通学準備・学校との連絡などを整えていき、支援開始から約1か月と1週間で教室復帰。 その後も揺れが出るたびに、ファミログと面談で振り返りを続けることで、登校と家庭内の関係性が少しずつ安定していった。 約2か月後には、自分からテニス部に入部し、「パソコンよりラケットがほしい」と話すようになるなど、興味関心の幅も学校生活中心へとシフトしていった。
保護者の声
「これまでは、ルールを守らせることばかりに気を取られていて、あの子の『本当はこうありたい』という気持ちを聞く余裕がありませんでした。 RAYさんの支援を通じて、叱る前に『どうしたかったのか』『本当はどうなりたいのか』を聞くようになってから、親子の会話そのものが変わってきたと感じています。 今では、学校に行けていること以上に、自分で選んで部活に入り、疲れたと言いながらも楽しそうに話してくれる姿を見られるのが、何よりうれしいです。」

