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小学4年生男子のオンライン支援ケース

BEFORE:支援前の状態

小学4年生の男子。

国語の教科書紛失をきっかけに罪悪感から1日欠席。その後、漢字ドリルも見当たらないことに気づき、「何かおかしい」と感じて登校できなくなる。

自宅では「死にたい」と口にすることがあり、朝になると「お腹が痛い」と言って頻繁に休む状態に。部分的な登校や遠足への参加はできるが、友達とのトラブルから帰宅できず、公園で一人泣きながらブランコに乗っていたこともあった。

「教室がうるさい」「給食のにおいが苦手」「家庭科室の布がチカチカする」といった感覚面でのつらさも強く、最終的には完全に登校できなくなった。

お父さんは「命令・指示」が多く、子どもにとっては「自分の行動を決める人」という存在に。お母さんは安心感を与える一方で、先回りや過干渉が多く、「何をしても許される」印象を与えてしまっていた。

本人は身近な人の死をきっかけに「大切な人を失う不安」が強くなり、夜になると不安が高まることも多かった。ゲームや遊びでは、負けると癇癪を起こして物を投げてしまう一方で、同じ遊びに何度も挑戦する粘り強さも持っていた。

AFTER:支援後の変化

親御さんは既に水野先生の著書を読み、基本的な考え方は理解していたため、「この子にとっての適切な線引き(過保護/過干渉のどこまでが必要か)」を一緒に整理するところからスタート。 学校の話題になると空気がピリつく理由を、RAYの会話法を使って丁寧に確認した結果、「学校には行きたい」という本音と、「授業中の時間制限」「自分は話していないのに他の子が怒られるのを一緒に聞くのがつらい」「感想文が書けない」といった具体的な困りごとが明らかになった。

 

学校側とも連携し、「特別対応を『永続的な環境』にするのではなく、再登校のスタートアップとして一時的に行う」方針を共有。本人の希望も踏まえ、「スモールステップ」ではなく「フラッティング型復学(決めた日から毎日登校するスタイル)」を採用した。 認知行動療法とACTの考え方を取り入れた対話を通じて、「友達と笑っていたい」「友達に会いたい」という本人の価値観が引き出され、その価値に沿って一歩を踏み出す形で友人と久しぶりに外で遊ぶことができた。

 学校側とも連携し、「特別対応を『永続的な環境』にするのではなく、再登校のスタートアップとして一時的に行う」方針を共有。本人の希望も踏まえ、「スモールステップ」ではなく「フラッティング型復学(決めた日から毎日登校するスタイル)」を採用した。 認知行動療法とACTの考え方を取り入れた対話を通じて、「友達と笑っていたい」「友達に会いたい」という本人の価値観が引き出され、その価値に沿って一歩を踏み出す形で友人と久しぶりに外で遊ぶことができた。

復学当日の朝は、親御さんから見て「これは無理だ」と感じるほど青ざめて布団にくるまっていたが、親側は「いつも通り」を貫き、「休む?」という逃げ道の声かけをあえてしなかったことで、本人は自分の意思で起きてきて登校した。その日の下校後、公園で友達と楽しそうに遊ぶ姿を見て、親御さんは「あの子は友達と遊びたくて学校に行ったのだ」とあらためて理解。以後も友達とのトラブルはあったものの、そのたびに親御さんが学んだ関わり方を使って支え続けた結果、「何かあったらちゃんと言うよ。聞いてくれるってわかってるから」と子どもから言われる関係に変わっていった。

TIMELINE:時系列

【初回相談】水野先生の著書を読んだうえで、「どこまでが過干渉で、どこからが必要なサポートなのか分からない」という悩みを中心にオンライン相談。家庭内の声かけを「この子仕様」にカスタマイズしていく方針を決定。

【ご両親との打ち合わせ】
学校の話題になると空気がピリつく理由を明確にするため、まずはご両親と約1時間の打ち合わせ。その後、RAYの会話法に基づき、お子さんと約2時間の対話を実施。「学校には行きたい」という本音と具体的な困りごとが言語化される。
【学校との連携】学校と直接連絡を取り、「再登校直後〜1〜2か月の限定的な配慮」を依頼。「環境を恒常的に変える」のではなく、「彼が環境に適応する力を身につけるまでのスタートアップとして支える」形をとる。


【復学準備(約3週間)】    本人の希望によりフラッティング型復学を選択し、約3週間後に復学日を設定。生活リズムの改善、学習の準備、先生・友人との事前の顔合わせなど、RAY独自の「復学行事」を進める。
【価値観へのアプローチ】「やっぱり行きたくない」という気持ちが出た局面では、まず共感を行ったうえで、「あなたが生きていくうえで大切にしたいことは何か?」という価値観への問いかけを実施。「友達と笑っていたい」「友達に会いたい」という言葉が本人から出てくる。友達との久しぶりの外遊びを実現し、「ずっと待ってるぞ」という言葉を受け取る。


【復学当日】朝、本人は布団にくるまり青ざめた様子だったが、親御さんは「今日はやめておく?」といった提案的な声かけを控え、「いつも通り」の朝を過ごすことに集中。出発3分前、本人は自ら起き上がり、着替え・ランドセルの準備をして家を出る。
【復学後〜継続登校】 当日は学校から連絡もなく、終業後には友達と遊ぶ姿が見られた。その後もトラブルはありつつ、親御さんが「そういう親で在りたい」と決めたスタンスで支え続けたことで、登校が日常となり、家族の対話の質も変化していった。

保護者の声:
「これまでは『学校に行かせるか、行かせないか』だけを考えていて、あの子が本当は“どう生きていきたいのか”という視点を持てていませんでした。」「復学そのものよりも、その先でどんな家族でいたいのかを一緒に考えるようになってから、親としての迷いが減ったように感じます。」「今は、何かあったときに『ちゃんと言うよ。聞いてくれるって分かってるから』と言ってもらえる関係になれたことが、一番の財産です。」

 

 ご相談の経緯 

「無理して学校に行かなくていい、は本当か?」を拝見させていただき、内容が大変勉強になりました。ペアレンツキャンプへの支援依頼を行おうと色々調べる中で、関東でペアレンツキャンプから暖簾分けされた先生がいるとのことで、こちらに申し込みさせていただきました。

 

 不登校の経緯 

学校で国語の教科書を紛失してしまい、罪悪感から1日休んでしまいました。その後教科書が学校にあるとわかって登校したものの、今度は漢字のドリルが無くなっていることに気づき「これはおかしい」となって登校できなくなりました。

 

休んでいる際、家では急に「死にたい」と発言することもあり、本当に不安でした。その後何度か登校する機会があったものの、朝は安定せず「お腹痛い」と言って頻繁に休んだり、平日外出できない日々が続きました。

 

学校の遠足に部分的に参加したことで再び学校に行き始めましたが、すぐにまた友達とのトラブルがあり、下校後家にも帰ってこず公園で一人泣きながらブランコを漕いでいました。

 

その後も何度か登校はできたものの、「教室がうるさい」、「給食の臭いがいや」、「家庭科室の布がチカチカする」と話して完全に行けなくなってしまいました。

 親御さんの子育て傾向 

父からは命令や指示が多く、子どもにとっては「自分の行動を決める人」という印象になっていたと思います。「頑張っても認めてくれない」という話も出ていたため、受容や共感が少なかったのかもしれません。実際両親の間で話していても、まだ話の途中なのに別の話が始まってしまうことが多々あります。

 

母をいつも一緒にいるために安心感はあるものの、それが甘えにつながってしまい「何をしても許してくれる」という誤った印象を与えてしまいました。先回り・過干渉の対応も多いと自覚があります。「危ないよ」、「宿題した?」、プールから帰ってきた直後で「楽しかった!」と話す子に「来週もあるよ」と言い放ってしまうことがよくあります。

 

また、「お母さん疲れてる?」と聞かれることも多く、そう見える態度や表情をいつの間にかしていたのだと思います。

※こうした関わりには、息子さんを守りたいという思いと、日々の忙しさからくる余裕のなさが重なっていました。誰かが“悪い”というより、家族それぞれの頑張り方がすれ違っていた状態です。

 

 お子さんの性格傾向所見 

身近な親類の葬儀を経験した際、誰かが亡くなるということへの感覚がするどくなった様子が見られます。特に夜はまた誰か身近な人が亡くなってしまうのではないかと不安になるようです。 →根底にあるのは愛する者を失う恐怖であり、出来事としては「別れ」が本人の中で大きな要素になっている様子が見られます。この出来事の前に本人にとって大きな意味を持つ別れがなかったのか確認が必要です(大切にしていたぬいぐるみとの別れ、ずっと使っていたタオルを捨てた等)

 

オセロやトランプ、テレビゲームなど遊んでいて勝っている時は良いのですが、負けると時折癇癪を起こして遊んでいたものを投げるなどしてしまいます。 →目先の印象で感じられるのはプライドの高さであるものの、負けるたびに癇癪を起こしているわけではなく、以前負けた遊びでもくり返し挑戦する傾向もみられます。一般的なアンガーマネジメントの手法よりも、彼の場合は『悔しさや怒りを次に活かす工夫』に変えていく関わりの方が合うと判断しました。怒りの方向性を負けた相手ではなく、次に勝つための要因探しに向けられるようになると大きな成長が期待できます。

 

「○○した方が良いんじゃない?」というアドバイスを素直に聞いてもらうことができず、「ダメ出しされた」と捉えられて怒ったり、泣いたりしてしまうことが多い。 →こちらもプライドの高さを想起させるエピソードであるものの、泣いてしまうことがあるというのは強い自己否定を行っている可能性もあり慎重な判断が必要です。また、親御さんの対応事態に改善の余地が見られるエピソードでもあります。

 

 支援の推移と結果 

すでに水野先生の著書を拝見されており、基本的な家庭内での対応についてはご理解されていました。親御さんの悩みとしては何が過干渉で何が過保護なのか線引きが難しいということだったので、「この子にあった線引きを行いましょう」とお伝えして対応をご家庭用にカスタマイズしていきました。

 

比較的家庭内での会話は多いご家庭であったものの、学校に関しての話題をだすと空気がピりついてしまうため、親御さんとしてもいつ、どの程度踏み込んだらいいのかと思案されていました。まずはそもそもそのピりついた空気が「学校に行きたくないのにその話を出さないで」という思いからくるのか、「学校に行こうと自分でも思ってるんだからほっといて」という思いからくるのか判断がつかなかったため、ご両親と1時間ほど打ち合わせを行ったうえでこの部分を明確にする会話法をお伝えしました。

 

結果的に彼は親御さんと2時間ほど話し「学校には行きたい」と話してくれましたが、同時に「算数の時間に問題を解く時間が決まっているのが嫌」、「自分は話していないのに、他の子が話していて怒られるのを一緒に聞かなきゃいけないのが嫌」、「感想文が書けない」といった学校に通う上での問題点を吐き出していました。

 

想定していたお友達とのトラブル解決や、感覚過敏に関してはほとんど話が出てこなかったため、この時点で解決手段の修正を行いました。

 

学校とも直接連携を取り、再登校に向けて可能な限りのサポートをお願いしました。その際、先生方には「あくまで再登校する際のスタートアップと学校に慣れるまで1~2ヵ月程度の間の配慮でお願いいたします。特別な対応が当たり前になればその環境でしか学校に通えない子になってしまい本質的な解決にはなりません。必要な配慮は受けつつも、最終的には彼自身が学校という環境の中で“生きる力”を伸ばしていけるようにすることが、本当の意味での適応だと考えています」とお伝えしました。

 

先生方からは学校にきてくれるだけで本当にうれしい、彼が学校に通い続けられるなら協力を惜しみません、とお話いただけました。 学校との連携が確約されてからは具体的なサポート内容の打ち合わせとスケジュールの調整を行い、本人の意思を確認しながら1週間ごとに復学のステップを踏むことにしました。

 

ステップと言っても今回の場合は「保健室を経由するなど徐々に学校に戻るスモールステップ型復学」ではなく、「家庭内で復学するための準備を最大限行い、決めた期日から毎日登校するフラッティング型復学」を採用しました。これは本人が「遅刻や早退、保健室は目立つし中途半端だから嫌だ。行くなら朝からきちんと行きたい」と話してくれたためにこの方法を採用しています。

 

スモールステップもフラッティングもどちらも一長一短があるため、基本的には本人の意思を確認しつつどちらを採用するか選ぶケースが多いです。その後は「この日から学校に行く」という日程を約3週間後に設定することができたため、当日までの間は勉強や生活リズムの改善、そして復学行事というRAY独自の“復学に向けた準備行事”(学校との事前調整や顔合わせなどの総称)、当日に向けて準備を進めていきました。

 

この準備期間も順風満帆とはいかず、先生に会う、友達と久しぶりに会うなどの緊張の場面では「やっぱり行きたくない」といった発言も見られました。一般的な復学支援においては「心の準備が整うのを待ちましょう」という話になりますが、当センターではまず「やっぱり嫌になっちゃったか」という共感を行ったうえで『認知行動療法×ACT』(考え方と行動の両方に働きかける心理療法をベースにした会話の手法)の会話術を行い、「あなたが生きていくうえで大切にしている価値はなんだろう?」というその子それぞれの中にある価値観を確認します。

 

年齢、性別、状況を問わず「どう生きていきたいか」という思いは人間の中に必ず存在します。簡単に引き出せるものではありませんが、親御さんご自身が学んで実践すれば必ずこの手法は身に付きます。

 

結果的に彼は「友達と笑っていたい」と話してくれたため、「その大切にしている価値に近づくための一歩には何がある?」という形で深層心理に歩み寄りました。すると彼は「友達に会いたい」と自ら話してくれたため、電話で約束を行い数か月振りに外で遊ぶことができました。

 

その際「ずっと待ってるぞ」とお友達から言葉を貰うことができ、不安で眠れない夜もあったようですが「友達と遊ぶんだ」と自分に言い聞かせながら夜を越えていきました。 それでも復学日当日の朝はご両親から見て「これは無理だ」と思うほど青ざめた様子で布団に包まっていました。 しかし、「彼が諦める前に親御さんが諦めないでください」とご連絡し、いつもの朝と変わらないように過ごしていただきました。

 

こういった朝の非常に多い、そして致命的な対応は「今日はお休みして明日にする?」といった言葉をお子さんが何も言っていないのに伝えることです。これはお子さんを思っての声掛けのようで、実は守っているのは親御さんご自身です。

 

親の『学校に行ってほしい』という切実な願いが、子どもにプレッシャーを与えているのかもしれない、という感覚が根底にあるとこういった対応を選びやすくなります。だからこそこの日に至るまでの過程に『この子自身が学校にいくことを選んだんだ』という確信を持てる対話をしていなければいけません。そうでなければどれだけ「こういう声掛けは良くないんだ」と頭でわかっていても、心がそれに納得できていないので土壇場でこれに類する声掛けをしてしまいます。

 

本事例ではここに至るまでの過程に「学校に行きたいという思いは彼の内側から溢れている思いだ」と確信できる対話を重ねていたため、親御さんはいつも通りの朝を過ごすことに集中できました。すると通常起きてくる時間より5分ほど遅くなりましたが、彼は自らの意思でベットを抜け出し食卓に座りました。食欲は無く、用意された牛乳だけのみまた部屋にこもりました。

 

後日親御さんから「いつもならここでもっとご飯食べたら、とか、着替え持っていこうか、といった声掛けをしていたと思いますが、この日はとにかく先生からのアドバイス通り親自身がいつも通り過ごすことに集中しました」とお話をいただきました。 実際、声掛けをせずに離れていたところ、出発の三分前に部屋から着替えてランドセルを背負ったお子さんがでてきました。歯磨きもまだで寝ぐせもついていましたが、あえて何も言わず。玄関に用意されたハンカチとティッシュからティッシュだけをポケットに詰め、玄関まで見送りに来た親御さんを振り返らずに「行ってきます」と話して彼は登校していきました。

 

ぎりぎりの状態での登校に安心より心配が勝った親御さんはベランダに飛び出し、彼の後ろ姿が曲がり角に消えるまで「頑張れ、頑張れ!」と見送ったそうです。登校後ももしかしたら学校から「まだ来ていません」と連絡があるかもしれないとすべての用事を後回しにしてご自宅の電話に張り付いたそうですが、10時を過ぎても連絡がないことからようやく少し安堵して彼の残した朝ごはんを食べたとのことでした。

 

当日はご両親ともにお仕事を調整し、夕方彼が帰ってくるのをご自宅で待っていました。しかし、下校時刻になっても帰宅せず、学校に問い合わせても「もう帰宅しましたよ」とのことでした。親御さんの脳裏には友達とトラブルになって帰宅せずに公園のブランコで泣いていた彼の姿が浮かび、いてもたってもいられず公園に向かったそうです。 ですが、そこで見つけたのはお友達と楽しそうに遊ぶ我が子の姿でした。

「あの子は友達と遊びたくて学校に行ったんだというのを忘れていました」と親御さんは涙ながらに話してくれました。

 

家庭にはそれぞれに濃い歴史があります。学んだからといって一朝一夕でこれまで培われてきた対話のパターンや関係性が変わるわけではありません。親御さん自身も何度も失敗し、涙を流して乗り越えていくしかないのです。

 

彼はその後も何度か友達とトラブルになりました。 その度に親御さんが支えました。そういう親で在りたいと親御さんが決めたからです。 うまくいくことだけではありませんでしたが、学校に通えることが当たり前になってからも親御さんは「もっと本音で向き合い、お互いを応援できる家族になりたい」と理想を掲げて学び続け、今ではお子さんから「何かあったらちゃんと言うよ。聞いてくれるってわかってるから」と言われるようになりました。不登校からの復学、継続登校の安定とはあくまで節目であり、その先でどんな家族になりたいのか、これが本当に目指すべき目標だと改めて感じさせていただきました。

 

ご卒業本当におめでとうございます。

高校3年生女子のオンライン支援ケース

BEFORE:支援前の状態

中学生の頃から「週1回以上の欠席」が続き、高3の4月に3週間の欠席。 別の復学支援機関でオンライン支援を受け、電子機器の“全制限”によってGW明けから一度は復学するも、3週間で再び不登校に。 2回目のオンライン支援でも再登校には結びつかず、「最終的には匙を投げられてしまった」とのことで、親御さんは「もうこの子は何もしたくないのでは」と感じるほど追い込まれていた。 本人の主訴は、 勉強についていけない、小テストや課題提出がプレッシャー 友達がいない/いても気をつかい過ぎて疲れ切ってしまう ASD・ADHD傾向の指摘もあり、自信を持てず、外では「理想の自分」を演じてしまうため常に消耗している といった内容だった。

AFTER:支援後の変化

親御さんへの電話・チャット支援で、「電子機器の全制限」「会話を極力減らす」といった前支援の方針を一度リセット。 「8つの在り方」やアイメッセージを用いながら、 親子ともに『本当はどんな関係でいたいのか』を再定義 「いくつになっても本音で語り合い、どうしても困った時には真っ先に相談したい相手になる」といった具体的なゴールを共有。 訪問カウンセリングの初回で、本人が涙ながらに「人に与える人になりたい」と語り、自分の「生きたい命」のイメージを取り戻す。 1週間の復学準備期間を経て、本人の意思で登校を再開。 その後も勉強・友人関係の揺れはあったが、2か月後には「小学生の頃以来初めて、一日も休まず1か月登校」を達成。 継続登校が安定したのち、カウンセラーは徐々にフェードアウトし、最終的には親御さんだけで本人を支えられる状態に。 現在は看護師を目指し、看護学校に休まず通っている。​

TIMELINE:時系列
中学生期: 週1回以上の欠席が続く。 高校3年の4月: 3週間の欠席。 他社オンライン支援+電子機器“全制限”でGW明けに一度復学。 同年5〜6月: 3週間の登校後、再び不登校に。 再支援を受けるも再登校に至らず、「匙を投げられた」と感じる状態に。 RAYへのご相談: 親御さんへのオンライン支援開始。 電子機器対応・声かけの方針を全面的に再設計。 訪問支援導入: 初回カウンセリングで「人に与える人になりたい」という本人の価値観が言語化される。 その価値観を軸に、復学の目的・意味を本人と一緒に整理。 復学準備(約1週間): 学校との連携、授業のキャッチアップ方法、当日の動線などを具体化。 復学〜2か月: 登校を再開。勉強・友人関係で揺れながらも、親・カウンセラーとともに1つずつ対処。 2か月後、「一日も休まず1か月登校」を達成。 その後: カウンセラーの訪問・介入頻度を段階的に減らし、親子だけでやり取りできる状態へ。 看護学校への進学・通学が安定したタイミングで、支援終了。

親御さんの声​:
他の支援機関で結果が出ず、「この子はもう何もしたくないのでは」と思ってしまうほど、親の方が希望を失っていました。 RAYさんと関わる中で、娘が「人に与える人になりたい」と涙ながらに話した時、この子は本当に変わりたいのだと腹の底から理解できました。 不登校の頃は、私が先回りして口を出すことで、かえって娘のプライドを傷つけていたのだと気づかされました。 今では看護師を目指して看護学校に通いながら、自分で悩み、考え、時々相談してくれます。「人に頼ってばかりだったあの子が、誰かの力になりたいと言っている」——親として、こんな嬉しい変化はありません。

 

 ご相談の経緯 

​元々中学生の頃から学校を週に一回以上は欠席することがあり、高校3年生の4月から3週間ほど欠席。 他社にてオンラインによる復学支援を受け、電子機器の全制限によってGW明けから復学したものの、3週間通えた段階で再び不登校に。

再度オンライン支援を受けなおしたものの、再登校には結びつかず、最終的には匙を投げられてしまったため貴社に支援を依頼した。

 

 不登校の経緯 

そもそもの欠席理由は「勉強についていけない」、「小テストがある」、「課題の提出ができず、提出していない人を発表されるからその日は休みたい」、「友達がいない。会話できてもとても気を使ってしまう」という内容です。

 

電子機器制限の効果があったのは最初だけで、それ以降はむしろ制限への反発で休みが長引いてしまったように思います。 デジタル機器に触れないよう親が仕事場に持参すると「自分でコントロールできるようになりたい」という話があり、通話やメールのみ確認できる設定にして渡したところ、なんらかの抜け道を使って動画を視聴していることがスクリーンタイムから判明し、大げんかの末結果取り上げる形にしました。

すると今度はスイカにチャージしていたお金で本を買って読んでいたため、そのためのお金ではないと激しく叱りました。 反省する様子はなかったものの、それ以降はチャージにお金をいれなかったこともあり問題は起きませんでした。

 

しかし、私が聞いてきた学校の話を「先生なんて言ってた?」としつこいくらいに聞いてきたり、急に大きな声を出したりとストレスが溜まっているのは見ていてわかりました。

 

国語が苦手だけれど文系を選択してしまい、小テストや中間テストでは0点を取ってきます。それがコンプレックスでその授業から逃げてしまい、課題も丸写しで友人と交換採点する際にはプライドが許さないのかメンタルが弱っている時ほど乗り越えられません。 病院を受診し、ASD、ADHDの傾向があると医療機関で指摘され、一時内服もしていましたが本人の判断でやめてしまいました。 娘は私のことを弱い存在だと思っていて、自分が強くでれば思い通りになると思っているように見えます。

※もちろん、娘さん自身の特性や学校環境の影響もあり、『誰か1人のせい』という単純な話ではありません。

ただ、家庭での関わり方が“後押し”になってしまっていた部分について、一緒に整理していきました。

 

 親御さんの子育て傾向 

小学生の頃から否定的で先回り、過干渉な声掛けばかりしていました。そのころから反発は多々あり、自分もヒートアップして声掛けすることが多かったと思います。子どもも負けないので徐々に私が面倒臭くなってしまい、子どもの言うことを聞いてしまうようになりました。

上の子は手もかからず、自分で勉強し結果を出してくる子だったので干渉することはほぼなかったと思います。しかし、本人は上手くいかなかったため、勉強しているか確認したり、塾の成績にダメ出ししたりと知らず知らずのうちに上の子と比較していることが多かったように思います。

 

部屋の掃除や整理も勝手に入って行っており、衣替えをして反発を受けることもありました。悪いことをしているという自覚がなく、この子は素直ではなくひねくれているのだなと思っていました。

 

発達特性への不安もあり、『失敗させないように』と先回りしてしまう関わりが増えていました。友人関係に対しても「友達いるの?」、「こういう時はこうするんだよ」という求められてもいないアドバイスをたくさん行ってきました。そのせいか子どもはずっと「友達はいるよ」と話していたのに、中学3年生の時に「実は友達がいない。言えてすっきりした」と話すことがありました。これを機に私は動転してしまい、新しく友達を作るためには、という想定問答まで行うことがありました。

 

 お子さんの性格傾向所見 ​

●遅刻で登校することができず、目の前の楽しみを優先して課題をやりきることができません。提出期限になってもできていないとそれをきっかけに休んでしまいます。それを指摘すると話を聞かずに自分の言葉を被せてくることが多いです。しかし、初対面の同級生やお店の人などには声が高くなり、腰が低くなります。

→プライドが高く、失敗する姿や自分の弱みを人に見せることに苦手意識が強い。人から見た自分というものに理想の姿を描いており、現実とのギャップに自分自身が苦しんでいる可能性が高い。他人から嫌われることに対して強い抵抗が見られ、何らかのトラウマ的体験があったことも想定される。家庭内と外での様子にギャップが大きく、外では「人から求められる理想の自分」を演じてしまうため、通常の生活を送っていても周りが思う以上に疲弊している可能性が極めて高い。

●電子機器を預かった際機嫌がとても悪くなります。命令や指示を極端に嫌い、そのニュアンスがあるだけで怒りだしてしまいます。

→自分の権利を奪われることにとても敏感で、縛られることへの拒否感が強い。「~してほしい」程度のニュアンスでも癇癪を起してしまう様子が見られ、幼少期からの「命令・指示・提案」主体のコミュニケーションがその土壌を作り上げた可能性が考えられる。

●親の収入やステイタスを気にすることが多く、友人関係でもそういった話題に敏感な様子が見られる。 →自己を評価する軸が「人と比べること」になっており、それが自分自身のことではなく周りの環境にまで及んでいるのは自己価値の評価が低いと考えられる。「自分には価値がない」という思い込みにより、「価値の低い自分が何か挑戦してもうまくいくわけがない」という自己効力感(自分には目標を達成する力があるという感覚)が低い状態に陥っている。

 

 支援の推移と結果 

まずは親御さんにチャット、お電話による間接的な支援を行い、前の支援で行っていた対応の中で家庭に合わない部分を変えていきました。電子機器の全制限や、『親からの声かけを極力減らす』といった対応は、このご家庭の場合、結果的に親子関係の溝を深めてしまっていたためです。

そして、ファミログにより「必要な会話」と「不要な会話」を具体的に切り分けることも同時進行で行いました。

 

それでも電子機器制限等による親子関係の溝は深く、簡単には信頼関係を取り戻すことはできませんでした。しかし、お子さんのプライドを考慮した「アイメッセージ」による声掛けや親御さんそれぞれの中にある「お子さんと本当はどんな関係になりたいのか」を引き出す日常のカウンセリングにより、具体的で明確な目標を設定しました(例:いくつになっても本音で語りあい、どうしても困った時には真っ先に相談したい相手になる)。

 

なりたい関係性を構築する基礎となる「8つの意識」についても学んでいただき、日常会話の中で実践とカスタマイズを行っていきました。 同時にお子さんの性格や行動パターンを丁寧に整理する作業を進め、相性の良い訪問カウンセラーの選定や子どもの趣味嗜好についても研究し、上辺だけではない「本音を話しても大丈夫だ」と思える関係性構築のため、徹底的に「お子さんの関心」に関心を寄せました。

 

事前の準備と親御さんとの綿密な打ち合わせを済ませ、ご自宅にてお子さんとの顔合わせを行いました。 最初は緊張する様子が見られたものの、事前のアセスメント通り初対面の人間に対してはまず理想の自分で振舞う様子がみられたため、「年齢よりも大人」であるという認識を持って接することにより「この人は敵ではない」という印象を与えることができました。

 

話を続けていくと本人から現状についての不満や不安が言語化され始め、自分の過去を振り返り涙する場面も見られました。親御さんの所見は「うちの子は外面が良いので、先生に対して当たり障りのないことだけ言って終わってしまうかもしれません」との見方でしたが、丁寧なヒアリングとこれまで1000件以上行ってきたお子さんとの直接的なカウンセリング経験により、年齢、性別、状態を問わずお子さんの本音に寄り添うことが可能になっています。

 

いったん立ち止まって、自分が今どこにいるのか一緒に整理する時間については充分とることができたため「君はこの命をどう生きたいのかな」という自己の本質と未来についての話を聞いていきました。少し悩んだ末「人に与える人になりたい」と答えたお子さんの目にはまた涙が浮かんでおり、本心からの言葉であることが伺えました。

 

登校することができなくなり、親御さんとはぶつかる毎日、進学したいという漠然とした願いはあるものの自分で勉強することはできない。塾にも通えなくなり、友達がいない孤独にさいなまれ眠れないまま迎えた朝は一度や二度ではなかった。

 

親御さんからすると「この子が本当に学校に行きたいと思っているのか正直わかりません。もう何もしたくないんじゃないかとさえ思えます」と絶望していたお子さんが、「人に与える人になりたい」と涙と共に語った言葉。その重みを受け取った親御さんはもう「この子を信じられない」とは仰いませんでした。

 

その後お子さんからは具体的な夢ややりたいことについての話がとめどなくあふれ出し、不安でいっぱいだった顔が晴れやかに輝いていきました。あとで親御さんに確認すると「小学生の頃、学校が楽しいと話していた時と全く同じ顔です」と仰っていたのが印象的でした。

 

自分の目標である『生きたい命』の姿が明確になったため、「そこに向かうためにはどうしたら良いのか?」という具体的な手段についても相談を行いました。まずは自分だけでは難しい学校との協力体制について提案し、カウンセラーが間に入ることで負担の少ない形で先生方とお会いしたり、現在の授業についていくために必要な勉強範囲を確認するなど、不安な要素を一つ一つ抽出して解決策を提示していく形をとりました。

 

カウンセラーの導入から復学、継続登校への意識づけ、そのために必要な手段の決定などを一回のカウンセリングですべて行います。それもお子さんごとの集中力を計算し限界を迎えないよう1~2時間の中で話をまとめていきます。通常学校の話ができるようになるラポールの形成だけで数か月から1年はかかるカウンセリングをここまで短時間かつ深く行えるのは『お子さんの関心に関心を寄せる』→(リンク:訪問カウンセリングについて)専門的な技術と13年間培われてきた膨大なカウンセリングデータに基づくアセスメントがあるからです。

 

初回のカウンセリングにて具体的な目標設定(必要な復学準備、復学日設定等)を行った後は、復学までのロードマップをお子さん毎に更にカスタマイズして作成しました。内容もお子さんの趣味に合わせ「マインクラフトで家を建てようとするとき、いきなり素手で木を切り倒したりはしないよね。まずは作業代で斧を作るのが最初だと思うんだ。その視点で考えてみると、今取り組むべき最初の準備はなんだと思う?」という形で楽しく組み立てることを基準にしています。

 

人から与えられたものをただこなすのではなく、自分の内からあふれる感情によって前向きに取り組むことにより、復学が苦行ではなく前向きな努力として受け止められるようになります。また、お子さん自身が思考する機会を増やすことにより、社会生活の中で必要になる「自分で考えて選択、行動し、その責任についても考える」という力を養うことも目的としています。

 

結果的に彼女は1週間の復学準備期間をカウンセラーとともに乗り越え、無事に復学を果たしました。 当日の朝、緊張から随分と早くから起きて準備をしていた様子でしたが、その顔に大きな不安はなく「行ってきます」と玄関で振り返った顔は微かに微笑んでいました。 ドアが閉まった瞬間に泣き崩れた親御さんの喜びは言葉で言い表すことはできないでしょう。

 

その後も継続登校の中ではやはり勉強や友達関係についての悩みが頻発し、すぐに安定というわけには行きませんでしたが、カウンセラーとともにたくさんの葛藤を乗り越え、親御さんも学んだ家庭教育を実践し、2ヵ月後には小学生の頃以来初めて一日も休まずに一か月登校することができました。

 

登校が安定してきてからは徐々にカウンセラーが訪れる頻度も減らし、最終的には親御さんのみで彼女の不安や悩みに寄り添えるようになったためカウンセラーは完全に家庭を離れました。

 

『終わりのある支援』こそが本来の支援であり、支援者やカウンセラーが常にいなければならない支援というのは依存にほかなりません。 支援からご卒業いただいた今でも季節のご連絡をいただくことがあり、「人に頼ってばかりだったあの子が看護師を目指して今は休まず看護学校に通っています」とご連絡をいただきました。

もちろん、これからも悩んだりつまずいたりすることはあると思いますが、以前と違うのは『自分で人に相談し、助けを借りながら進めるようになった』という点です。

支援のご卒業、本当におめでとうございます。

中学1年生男子のオンライン支援ケース

BEFORE:支援前の状態

• 中学1年生の男子。授業・先生・友人関係に大きな問題はなく、学校そのものへの拒否感は少ないタイプ。

• 小学生の頃から「電子機器の約束を守れない → 厳しい叱責 → 本人は謝れない → 全面禁止」というパターンをくり返していた。

• 中1で学校タブレットの使用ルールを破ったことをきっかけに大きく荒れ、「二度と学校なんか行かない」と宣言。夏休み明け以降、宿題・家の手伝い・妹への関わりまで乱れ、不登校に。

• ご両親は、下の弟の対応に追われて上の子に十分な関わりを持てず、「叱る」「指示する」コミュニケーションが中心になっていた自覚あり。

• 本人はプライドが高く謝ることが極端に苦手。一方で、感謝を伝えることはでき、人間関係そのものが築けないタイプではない。好きなことには強い集中力を発揮するが、興味のないことには一切向き合わない傾向があった。

AFTER:(支援後の変化)
• 親御さんが「腫れものに触るような声かけ」をやめ、「幼い扱い」を減らしつつ、テキストの「8つの在り方」をベースにした会話へシフト。
• 支援開始から約10日後、本人の側から初めて「今日の夕飯なに?」と声をかけてくる変化が生まれる。
• 「新しいパソコンがほしい」という要望をきっかけに、親御さんが“ダメ出し”ではなく“貢献”の意識で現状をフィードバックしたことで、小学生以来初めて「わかった」と素直に受け止める姿が見られた。
• その後、「本当は学校に行った方が良いことは分かっている」「勉強はできるようになりたい」という本音を言葉にできるようになり、RAYの復学チャートに沿って自分の意思でステップを進めていった。
• 約1か月と1週間で復学。その後も友人関係を築きながら継続登校が安定。2か月ほど経つと「パソコンはもういいからラケットがほしい」と話し、テニス部に入部。遊び・勉強・部活を、自分でバランスをとりながらこなせるようになっていった。
TIMELINE:時系列

【ご相談〜支援開始】 中学1年の夏休み明けから登校できなくなり、電子機器ルールをめぐる対立が決定打となって不登校に。初回電話相談ののち、すぐにオンライン面談を実施し、翌日からオンライン支援・ファミログ記入を開始しました。 【家庭での土台づくり】 親御さんには「腫れものに触るような声かけ」をやめること、「幼い扱い」を減らすこと、「命令・指示・過度な提案」を意識的に手放すことをお願いしました。同時にテキストの「8つの在り方」を家庭で実践し、うまくいかなかった場面はその都度フィードバックを受けながら声かけの質を整えていきました。

【復学に向けた具体的な準備】 支援開始から約10日後、初めてお子さんの方から「今日の夕飯なに?」と自発的な会話が生まれました。事前に想定していた会話プランに沿って対話を進め、「新しいパソコンがほしい」という要望を入口に、現状の生活や学校への本音を引き出していきました。そのうえでRAYの復学チャートを共有し、「本当は学校に行った方が良い」「勉強はできるようになりたい」という本人の思いをエネルギーに、復学ステップを一つずつ進める準備を整えました。

【復学当日】 日を決めたうえで、親子で合意したステップに沿って登校を再開しました。途中で葛藤や迷いはありましたが、親御さんがこれまでの“正論+叱責”型の関わりではなく、「この子に貢献する」スタンスで支え続けたことで、元の状態に戻ることなく一歩ずつ前進し、支援開始から約1か月と1週間で復学を果たしました。

【復学後〜継続登校の安定】 登校が当たり前になっていく中で、お子さんからは「本当はこう思っていた」という学校への気持ちも出てくるようになり、親御さんは学んだ会話法を守りつつ率直な思いを伝え合えるようになりました。その結果、友人関係も安定し、テニス部に入部。遊び・勉強・部活のバランスを自分でコントロールできるようになり、親子のやり取りも「命令・指示」中心から「対話」中心へと変化していきました。

【その後】 復学後も定期的にフォローを行いながら、家庭内での関わりを親御さん主導で続けられる状態を整えていきました。現在は日常的な通学と部活動が生活の軸となり、「子どもの問題を直す」ではなく「家族としてどう在るか」を一緒に考える段階へ移行しています。
親御さんの声​:
• 「あの子の“めんどくさい”の裏側に、『本当は勉強ができるようになりたい』『学校に行った方がいいのは分かっている』という気持ちがあったことに、ようやく気づけました。」
• 「これまでは、学校に行けていないことばかりを見て叱っていましたが、『どう生きていきたいのか』という視点から対話をしていくことで、親としての関わり方そのものが変わりました。」
• 「今は、登校できるかどうかだけでなく、本人が自分の人生を自分で選べるようになることを一緒に目指していきたいと思っています。」

 

 ご相談の経緯 

​在籍中学で復学を果たしたお子さんがいらっしゃり、保護者会で相談したところ貴社をご紹介いただきました。

学年主任にも確認し、大阪府教育長である水野達朗氏のもとから正式に枝分かれしたという経歴も信用に値すると判断し、オンライン支援を依頼しました。

 

 

 

 不登校の経緯 

学校の授業や先生、人間関係には問題がなく、本人からもその旨の発言を確認しました。

直接のきっかけは、それまで何度も問題になってきた家庭内の電子機器使用ルールをめぐるトラブルです。小学校高学年の頃、1日1時間と決めていた動画視聴時間を、深夜に親が寝静まってから勝手に見てオーバーしていたことが発覚し、厳しく叱りました。「約束を守れないなんて人として最低なことだぞ」と、本人の人格に関わることまで言及したのを覚えています。

 

それでも本人は謝ることができず、結果的にしばらくの間、すべての電子機器を禁止とし、反省を促しました。結局、謝ることはできなかったものの、「二度と約束を破らない」という確認をしてから制限を解除しました。

 

しかし、中学に入り学校支給のタブレットを手に入れ、「学校の宿題以外では使わない」という約束のもと任せていましたが、夏休み後半に約束を破って毎日数時間動画を見ていることが判明しました。小学生の頃のこともあるため、改めて厳しく指導したものの、「二度と学校なんか行かない」と急激に荒れてしまい、それ以降は宿題はおろか家での手伝いもせず、妹への当たりも強くなってしまいました。

 

厳しく叱り過ぎたことは謝罪し、何とか家族関係は崩壊せずに済みましたが、一度決めたことを頑固に貫こうとする本人の性格が災いし、結果的に夏休みが明けても登校することができていません。

 

 親御さんの子育て傾向 

 

2人が幼い頃、弟のほうが手がかかることが多く、両親ともに目先のことでいっぱいいっぱいでした。子どもたちの良いところを見つけたり、褒めたりすることが下手で、共感したり、きちんと話を聞いてあげることができていなかったと思います。

 

周囲の目を気にしてしまい、いつもイライラして叱ってばかりでした。それでも本人は比較的おとなしく、何でも器用にこなすので、手をかけてあげることも少なく、弟に比べるとかまってあげる時間は少なかったです。愛情表現が苦手で、それを示さなくても育つ子を見ているうちに「この子にはそういった表現は不要なんだな」と、自分が楽な方向に逃げてしまったと実感しています。

 

 お子さんの性格傾向所見 ​

幼い頃から自分に非があっても謝ることができず、電子機器のルールを守れなかった際も、最後までそれを謝ることができませんでした。 → 謝罪に対する強い抵抗感が感じられ、自尊心の高さがうかがえる一方で、感謝を伝えることはできる様子です。人間関係がまったく築けない、思いやりがないといった社会性の欠如にまでは至らないものの、精神的なアンバランスさに本人も苦慮している様子が見られます。

 

友人に対しても強い口調で話すことがあり、一緒に遊んでいても、どこか人を見下す発言や、積極的に自分が優位に立とうとする様子が目立ちます。 → 自分の意見をきちんと主張できる一方で、伝え方には課題が残る様子です。人が自分の言葉をどう受け取るかという部分にまで思考が及んでいない可能性があり、道徳や国語といった“人物の気持ちを推察する”要素の強い教科が苦手な可能性があります。苦手なことには取り組まないという性格傾向がうかがえるため、本質的にできないのではなく、相手のことを深く思うのが面倒になってしまった経緯が過去に存在している可能性も想定しましょう。

 

こだわりが強く(年中、気に入った服しか着ない等)、好きな物には何時間でも集中して取り組むことができます。しかし、興味がないものには一切見向きもせず、熱中していたものもすぐに飽きてしまうことが多々あります。 → 発達の特性を持つお子さんにもよく見られる傾向ではありますが、程度には個人差が大きいため、医療機関での評価も含め慎重な確認が必要です。親御さんが行う家庭教育については、お子さんの特性を考慮した言葉選びや理解を進めていきましょう。

 

 

 

 支援の推移と結果 

初回お電話のあと、すぐにオンライン面談のお申し込みがありました。熱心に支援手法や家庭内対応についてご相談いただき、「すぐにでも対応を変えたい」とのことだったので、翌日からオンライン支援にてカウンセリングを開始しました。

 

ファミログ(支援手法の解説ページへのリンク)も当日から記入いただいたものの、お子さんとは「会話」ではなく、一方的に親御さんが話すだけの「声掛け」になっていました。本人はほとんど返事もせず、良くて相槌がある程度の関係性でした。不登校になる前から積極的に会話をするタイプではなかったようですが、直接のきっかけとなった電子機器ルールの問題以降は、さらに顕著に会話が減ったようです。

 

当時言い過ぎてしまったことはすでに親御さんから謝ってあったものの、それでも溝は埋まりきっていない様子でした。 まずはこの状態に対し、「腫れものに触る対応はやめましょう」とアドバイスを行いました。お子さんに対して罪悪感があるうえに、何とか会話を増やして家族関係を良くしていきたい、学校につながる話がしたいという思いがあったため、声掛けの内容が極端に気を使ったものになってしまっていました。

 

「○○君の好きな○○食べる?」 「いまお風呂沸いたから入っちゃいなよ。一番風呂だよ」 「今日は9時に起きられたんだね。昨日より15分も早いよ」 内容によっては今の年齢のお子さんに対してかけるには幼い印象の言葉もありました。客観的な視点で見ると不自然に映る会話でも、当事者としてはその不自然さに気づいていなかったり、気づいていてもどうしたらいいのかが分からない場合がほとんどです。

 

「幼い扱いをするとお子さんは幼くなりがちです」「命令・指示・提案に該当する言葉がけは一日にどれくらいありますか」「求められる前にアドバイスするのは避けてみましょう」——こういった形で、その時々に合わせた会話や考え方のアドバイスをさせていただきました。

 

親御さんも積極的にテキストの「8つの在り方」(リンク:8つの在り方)を家庭内で実践し、うまくいかなかった時はすぐにご連絡いただくことで、対応のブレを修正していきました。 それでも一朝一夕では溝は埋まりませんでしたが、10日が経った頃に小さな変化が見られました。 これまで会話の始点は必ず親御さん発信だったのに、初めてお子さんの方から「今日の夕飯なに?」と話しかけてくれました。親御さんとしてはそれだけでも大きな進歩だと感じていただけましたが、彼の性格を考えると、純粋に夕飯が何かを聞きたかっただけではなく、夕飯の話題を入口に親御さんと何かコミュニケーションを取ろうとしている可能性が高いと判断しました。

 

そこで想定される会話を打ち合わせてから本人に投げかけたところ、「新しいパソコンが欲しい」という話が出ました。 彼にとってパソコンはゲームをするための生命線であり、より良いものを求めるのは当然でした。この要望は想定内であったため、親御さんからは「今の状況では買えないよ」とお答えいただきました。不服そうなお子さんに対し、「なぜ買うことができないのか」という話題を入口に、現状の生活について親御さんからの素直で正直なフィードバックを行っていただきました。

 

ダメ出しを行うということではありません。テキストを参考に「どんな意識で言葉を伝えるのか」にこだわっていただき、つい言ってしまいそうになるダメ出しや正論、要求を抑え、「この子に貢献するんだ」という思いで臨んでいただきました。いつもは「学校にも行けてないのにパソコンなんて買うわけないだろう」と伝えていた親御さんが、「買わない」という結論は変えずに本気でお子さんに貢献しようとして言葉を選んだところ、小学生の頃以来、初めて「わかった」と素直に話を受け入れてくれました。

 

それ以来、徐々に親子間の溝は埋まっていき、頭ごなしに否定されることが少なくなったお子さんは、学校についての思いも話してくれるようになりました。 「本当は学校に行った方が良いことは分かっている」 「でもいざ行こうと思うと“めんどくさい”が勝ってしまう」 「勉強はできるようになりたい」 これまでなかなか出なかった学校への思いが語られるようになり、親御さんもこれまでに培った会話法を守って話を進められたため、「きちんと学校に通ってほしい」という思いを正面から伝えることができました。 「学校に行った方が良いと思っている」「学校に通ってほしい」——お互いの思いの方向性がここで整ったため、当センターで提案している具体的な復学チャートを親御さんからお子さんに共有いただき、それに沿う形で復学ステップを踏んでいただきました。

 

本人も話していた通り、ステップを一つ前に進めるだけでもさまざまな葛藤や困難がありましたが、「勉強ができるようになりたい」という本人の内側からの思いをエネルギーにしていたため、立ち止まることはあっても元の状態に戻ることはありませんでした。 結果的に、彼は1か月と1週間ほどで復学することができ、その後はお友達とも交流しながら継続登校が安定していきました。登校が当たり前になって2か月後に「パソコンはもういいからラケットを買ってほしい」と話があり、テニス部に入部。遊び・勉強・部活を自分の意思でコントロールできるようになっていきました。 支援のご卒業、本当におめでとうございます。

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